2011年5月23日月曜日

Linus Torvalds Interviewを読んだ

Linus Torvalds Interview, Part II : Open Voices: The Linux Foundation Podcastのインタビュー音声を翻訳したものを読んだ。

Shut the fuck up and write some code - 科学と非科学の迷宮の記事を見て、読んでみようと思ったら場所が移動してたので、ちょっと探すのに手間取った。

http://linuxjf.sourceforge.jp/JFdocs/Open-Voices-Linus-Torvalds-Part-I.txt より

議論とコード

これを見たかったので読み始めた。

Linus Torvalds:
だけど最終的には、唯一重要なものは現実のコードと技術そのものだよ。
向上心もなくコードも書こうとしない人でもコメントはできるし、
こうするべきだとかああするべきだとか、そうしちゃいけないとか言うことも
できるけど、結局はそういった声は問題にならない。唯一重要なものは
コードなんだ。

人ってのは結局怠け者だから、多くの人達は議論してるだけでハッピーになる。
それに議論をしても、案を実現するコードは大抵一つしかなく、実際に
選択可能な選択肢はあまりないんだよ。

コミュニティについて

Jim Zemlin: ではちょっとコミュニティについて話しましょう。こうした
信用という面からコミュニティという言葉それ自身について質問をしたいと
思います。人々はコミュニティという言葉を、「そんな風にするな、それは
『コミュニティ』を乱すから」とか、「『コミュニティ』はこのような特定の
慣習を受け入れない」のように言い放ちますよね。

何を、どうやってコミュニティを定義していますか? つまり、コミュニティを
どのように見ていますか?

Linus Torvalds: コミュニティという言葉を使うのは避けたいね。この言葉は
色んな形で誤解を生むからね。あるひとつのコミュニティってものがあるわけ
ではないから、誤解させてしまうんだ。

....

結局コミュニティは外部要素になるんだよ。本当の答えはいつだって
コミュニティと協力するんじゃなくて、単にこの存在しないコミュニティの
一員として活動することなんだ。協力するんじゃない、一部となるんだ。

言葉の壁と文化の壁

Linus Torvalds: ぼく達は少し調べてみたんだ。6年以上に渡って開発者の
出身地を見て、開発者は人口の多い国から来るんじゃなくて、非常に高密度の
インターネットアクセス環境のある国から来る傾向が明らかになったんだ。
それが理由の一つさ。

確かに、中国に10億人います、インドに10億人います、って言うのは
簡単なんだ。でも中国もインドも開発コミュニティではあまり存在感を
発揮していない。

....

Linus Torvalds: 他の問題もあるんだ。言葉の壁と文化の壁は明らかに大きな
問題の一つだ。教育と同じぐらい単純な問題で、明白な問題でもあるかも
しれない。

この言語の壁は巨大な問題になってしまいがちなんだ。実際のところ、
アジア圏でインターネットがよく浸透している国々でさえ、さらに多くの
文化的な違いの問題があるかもしれない。インターネットの使用が非常に広く
普及しているところもあるし、それらの人々は明らかに高度な教育を
受けていているけど、結局はあまりオープンソースに貢献しないんだ。
カーネルにも、一般的に他のプロジェクトにもね。

そして少なくとも問題の一部は文化に関するもののように見えるし、どうにも
否定のしようがない。こうした人達のうち何人かは、文化の壁や言語の壁が
あっても積極的に参加するようになる。確かにそうした人はいるけど、これで
なぜ西欧とアメリカが最大の開発エリアになっているかということの大半の
理由は確実に説明できるよ。

文化の壁は言語の壁より大きいか。

モバイル業界について

何かこれはあー…って思った。

こうしたモバイル機器製造業者の多くがやってることはというと、
あるバージョンをとりあげ、普通はその時の最新バージョンをとりあげて
こう言うんだ、「OK、こいつがベースだ」それから5~6年の間特定の
プラットフォームで彼らは同じバージョンに長く留まって、必要に応じて
機能強化するんだ。

で、彼らが次期バージョン、次世代ハードウェアを作ろうとするとき、彼らは
世界中がこの二、三年間何か別のもので動いているという状況に陥ってるんだ。
彼らがそのバージョンに加えた修正は今日世界中で使われているバージョンとは
何も関係がなくなっているんだ。そして彼らは以前やってたことをやめる。
彼らは自分達の作品を全て投げ出し、一から始めるんだよ。

技術的で文化的な問題で、技術的で商慣習的な文化的問題。

Part2へ

http://linuxjf.sourceforge.jp/JFdocs/Open-Voices-Linus-Torvalds-Part-II.txt

Open Solaris と Sun Microsystems について

ぼくが Linux 開発で最初の頃からやってきたことの一つは、誰かがパッチを
送ってくるとき、彼らはそれらのパッチに対する全著作権を保持するように
することだった。誰も、ぼくだって他の人と同様何も権利を持ってないんだ。
ぼくがほとんどの人よりも多くのコードを書いているという点を除いてはね。
でも、ぼくがほとんどの人に言いたいのは、みんなにじゃないけど、あなたが
Linux 開発に参加するときの権利は、あなたが Linux に入れたものに比例する
ってことだ。

その中での一番

Linus Torvalds: ぼくには結構競争意識あるよ。ぼくは競争の力を心から
信じてる。それは人々のやる気を出す方法として本当に重要だと思ってる。
ぼくは間違いなくやる気が出る。ていうか、それはぼくのやる気を出すものの
一つなんだ、わかる? ぼくは一番になりたいんだ。

そして、実は、外部との競争よりも内部での競争の方が興味があるんだ。
例えば、ぼくが一番になりたいって言ったとき、ぼくは Linux を
Solaris と比較するんじゃないんだ。それは外部との競争の一つだから
ぼくにとっては二次的なものなんだ。ぼくには全く興味がわかないね。

ぼくが一番になりたいというのは、Linux において一番になりたい
ということなんだ。もし他の誰かが来て、「おい、俺は Linus よりいい
メンテナをやれるぜ」なんて言うとしたら、ぼくのやる気は際限なく上がる
だろうね。そのときこそぼくはみんなに示したいんだよ、
「いいや、ぼくこそが最高のメンテナなんだ」ってね。

Linux デスクトップについて

人には人のdesktopがある。

Linus Torvalds: うーん、幅広く使われるかどうかわからないけど、Linux
デスクトップは最初にぼくが Linux に手をつけた理由なんだ。ぼくは決して
Linux デスクトップ以外に注意を払ってきたことはないんだ。

サーバ市場は参入するのにとても簡単だった。少ししか負荷がかからないし、
非常に単純でよく理解されていて、デスクトップに比べて人々はサーバを
アップグレードするのに抵抗が少ないんだ。しかしぼくは決して Linux サーバ
を動かすことはなかったし、そうしたいと思ったことはない。それはぼくの
興味の対象じゃないんだ。僕はデスクトップ使い以外の何者でもないんだ。
ぼくは常に Linux をワークステーションとして動かしてきたんだ。

だから、ぼくはサーバを自分とは関係ないものとして見てると思う。ぼくは
膨大な数の開発者が Linux を同じように見てると思う。なぜならそれが
教えてくれる、そう、サーバは巨大な市場かもしれないとはいえ、
実際に開発者を見てみたら、開発者がいつも付き合っている相手は自分の
ワークステーション、デスクトップであって、そここそが本当に自分の
ドッグフードを食べたり(*)結果的に自分の努力の結果が実る場所なんだ。

(*訳注 eat your own dog food:「自分で自分の作ったものを試す」の意。)

未来について

ぼくが言いたいのは、本当の変化とは新しい使い方から来るってことなんだ。
コンピュータの全く新しい使い方は多分出てくると思う。なぜなら
コンピュータは押し下げられて安くなり、いずれはオペレーティング
システムの全体像を変えていくからなんだ。

それだけじゃなく、新しい形の要素が新しい入出力デバイスにあると期待して
いるんだ。実際に携帯電話にプロジェクタがつくようになったら、そのことが
人々がハードウェアについて考え始める方法を変えるだろうし、一方で、
ぼく達が交流する方法やオペレーティングシステムを使う方法を変えると
思うんだ。

引用は以下より

Linux JF (Japanese FAQ) Project.

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